2010年02月14日

ハートの形のプール

【ハートの形のプール(22.3614399579, 114.040788724)】
 ハートの形のプール
 中国・香港で、ハートの形のプールを見つけました。
 ではでは、Happy Valentine!
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2008年09月02日

頤和園

【頤和園(40.0012277017, 116.261910857)】
 頤和園
 中国・北京海淀区にある頤和園(Summer Palace, an Imperial Garden in Beijing)です。 敷地面積は290ヘクタールもあり、中国に現存する最大の古代庭園(園林)で、皇帝の夏の別荘でした。
 12世紀の金代に皇帝の離宮として築かれたのが始まりと言われています。
 その後乾隆帝により、1736年から1795年にかけて整備され、当時は清蔬園という名前でした。
 1860年、アヘン戦争時に侵攻してきた英仏連合の焼き討ちによって破壊されてしまいましたが、19世紀後半に醇親王による修復され名前も頤和園となりました。
 更に1893年に西太后によって大規模な改修が行われました。
 現在は万寿山と昆明湖という人造湖で構成されており、万寿山は湖を作るために掘った時の残土で築かれたそうです。
 また昆明湖は220ヘクタールもあり、敷地面積の4分の3を占めており、湖上に東堤、西堤、南湖島、十七孔橋などが配置され、美しい景観が楽しめます。
 1998年に世界文化遺産に登録されました。
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2008年09月01日

万里の長城・八達領長城

【万里の長城・八達領長城(40.287000731, 116.061342065)】
 万里の長城・八達領長城
 中国・北京から北西に約70kmの場所にある万里の長城(The Great Wall)・八達領長城(Badaling)です。
 万里の長城は秦の始皇帝の時代に騎馬民族の侵入を防ぐために造られ城壁です。総延長は6352qと長大なものですが、この辺りは石と煉瓦で築かれていて、明の時代に改修されたものです。
 110mごとに2階建ての城楼が築かれていますが、この下層は兵士の住居、上層は見張り台や烽火となっていたそうです。
 麓には駐車場と長城博物館、ロープウェイがあり、そこから入場すると左右に分かれていています。日本のガイドブックでは、勾配の急な左側を「男坂」、右を「女坂」と呼んでいる事が多いですが、現地では特に決まった呼び名はないそうです。
 万里の長城は、1987年に世界文化遺産に登録されました。この八達領長も、もちろん世界遺産の一部です。
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2008年08月14日

紫禁城

【紫禁城(39.9109354753, 116.389239886)】
 紫禁城
 中国・北京にある紫禁城です。「北京と瀋陽の明・清王朝皇宮」として世界文化遺産に登録されています。
 元時代に作られた建物を、明の永楽帝が1406年から1420年にかけて改築した旧王宮。
 最後にこの紫禁城の主だったのは、ラストエンペラー・皇帝溥儀とその一族で、1924年11月5日、馮玉祥による北京政変によって退去させられました。それまでの491年間、明時代、清時代を併せて24人の皇帝が居城として暮らしていました。
 現在は故宮博物院として歴史的遺物を所蔵・展示して一般開放されています。
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2008年07月17日

カステル・デル・モンテ

【カステル・デル・モンテ(41.0852696792, 16.2704528365)】
 カステル・デル・モンテ
 イタリア・プーリア州アンドリアにあるカステル・デル・モンテ(Castel del monte)です。
 イタリア語で「カステル」は城、「デル」は前置詞と定冠詞が結合したもので、英語ならof theとなり“の”、「モンテ」は山という意味なので、「山の城」という名前です。日本ではデル・モンテ城やモンテ城と呼ばれています。
 神聖ローマ帝国の皇帝フリードリッヒ2世(皇帝に即位前の名前はシチリア王フェデリーコ2世)が設計に係わったお城で、1229年から1249年にかけて建設されました。
 建築様式はゴシック様式にイスラム建築様式が取り入れられています。イスラム文化から取り入れられたのは建築様式だけではなく、イスラム世界において天国を寓意し、風位と宇宙的均衡を表しているとされる数字の8もです。なのでこのお城は世界で唯一の八角形をしています。中庭も八角形ですが、お城の周囲には八角形の塔が8本建っており、他にも至る所に八角形のモチーフが見られます。
 こういう特別な意味のある8という数字に因んで作られたということは、何か宗教的な意味あいを持つお城だったのでしょうか? 当時の記録が残っていない為、そのへんの意味は謎のままだそうです。
 1996年に世界文化遺産に登録されましたこのお城は、ユーロの1セントコインにも描かれています。
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2008年07月16日

ピサのドゥオーモ広場

【ピサのドゥオーモ広場(43.7224308609, 10.3940986269)】
 ピサのドゥオーモ広場
 イタリアのトスカーナ州ピサ市にあるピサのドゥオーモ広場(Piazza dei Miracoli)です。
 1987年に、ドゥオーモ広場に建つ、洗礼堂、大聖堂、鐘楼、墓所回廊が「ピサのドゥオモ広場」として世界文化遺産に登録されました。
 大聖堂(Duomo)は、1063年にパレルモ沖でサラセン艦隊を破ったことを記念して建築が始められたもので、内部には聖ラニエリとハインリッヒ7世の墓があります。
 ピサの斜塔(The Tower of Pisa)はピサ大聖堂の鐘楼。1173年に着工されましたが、斜塔自体の重量による地盤の不同沈下で傾斜が起こった為、何度も工事の中断を余儀なくされ、完成までに約200年の歳月を掛け、1370年に完成しました。
 高さは55m。ガリレオ・ガリレイが落体の法則の実験を実証するために、ピサの斜塔の頂上から大小2種類の球を同時に落とした事でも有名な塔ですが、実際にピサの斜塔では行われなかったと言われています。
 洗礼堂(Baptistery)の着工は1152年で、こちらも完成までに200年以上を要しました。ロマネスク様式の円筒形の建物で、大理石で出来ています。
 墓所(Camposanto)は、アーチの連続する回廊付の建物で、美しい中庭があります。回廊の壁には14世紀に描かれたフレスコ画がありましたが、第二次世界大戦の空襲で、殆んど消失してしまいました。
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2008年07月15日

捨て子養育院

【捨て子養育院(43.7761427046, 11.2617352013)】
 捨て子養育院
 イタリア・トスカーナ州フィレンツェ歴史地区にある捨て子養育院(Ospedale degli Innocenti)です。
 14世紀頃、絹織物商組合が利益を社会に還元する目的で出資し創設された捨て子を収容する施設で、1445年から1875年まで機能していたそうです。
 フィリッポ・ブルネッレスキが設計したルネッサンス建築で、サンティッシマ・アンヌンツィアータ教会広場に建っています。
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2008年07月14日

メディチ・リッカルディ宮

【メディチ・リッカルディ宮(43.774940353, 11.2554252691)】
 メディチ・リッカルディ宮
 イタリア・トスカーナ州フィレンツェ歴史地区にあるメディチ・リッカルディ宮(Palazzo Medici−Riccardi)です。
 1444年にコジモ・デ・メディチの依頼でミケロッツォが設計し、1482年に完成しました。コジモ1世(トスカーナ大公)の時代までメディチ家の住居として使われていましたが、1659年にはリッカルディ家に売却されました。その為、建物の名前にメディチ家とリッカルディ家の名前が入っています。
 外壁は「ルスティカ仕上げ」と言われる仕上げで、これは上の階の外壁は滑らかで、下の階は粗く仕上げる手法だそうです。メディチ家の住居としては質素な感じがしますが、これは「人の嫉妬を買ってはいけない」というメディチ家の家訓によるもので、市民の嫉妬を買わないように故意に作ったそうです。なので、外壁は質素ですが、内装は豪華です。
 現在はトスカーナ県庁のオフィスとして利用されています。
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2008年07月13日

サンタ・クローチェ聖堂

【サンタ・クローチェ聖堂(43.7688691791, 11.2625916294)】
 サンタ・クローチェ聖堂
 イタリア・トスカーナ州フィレンツェ歴史地区にあるサンタ・クローチェ聖堂(Basilica di Santa Croce)です。
 フランシスコ会の世界最大の教会で、ゴシック形式の聖堂です。
 1294年から現在の教会への建て替え工事が始まり、当初の設計者はアルノルフォ・ディ・カンピオと言われています。
 イタリア語で「聖なる十字架の教会」という意味の名前で、イタリア各地に同じ名前の教会や礼拝堂、聖堂があります。
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2008年07月12日

サンタ・マリア・ノヴェッラ教会

【サンタ・マリア・ノヴェッラ教会(43.774099945, 11.24916008)】
 サンタ・マリア・ノヴェッラ教会
 イタリア・トスカーナ州フィレンツェ歴史地区にあるサンタ・マリア・ノヴェッラ教会(Basilica di Santa Maria Novella)です。
 起源はロマネスク様式のサンタ・マリア・ヴィーニェ礼拝堂です。1221年にドミニコ会がこの教会を寄付され、1246年に現在の教会の建設が計画され、1278年から西側部分から建設が始まりました。
 サンタ・マリア・ノヴェッラ教会の前身であるサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局が併設されている事でも有名です。この薬局は現存する世界最古の薬局で、修道士達が薬草を栽培し、独自に軟膏や鎮痛剤、香水などを調合していたのが始まりです。1612年には薬局とし認可され、それ以降一般の人にも販売されるようになりました。現在もきちんと営業されており、メディチ家も御用達で王家御用達製錬所の称号も賜っています。昔ながらの伝統的な製法を守って作られている石鹸やオーデコロンも購入でき、日本でもご存知の方が多いと思います。
 現在のサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局の内部は薬局博物館のようになっていて、中庭や昔の薬草調合室、博物館、礼拝堂等を見る事ができます。
 また余談ですが、この教会はレオナルド・ダ・ヴィンチがかの名画「モナリザ」を製作した場所だそうです。
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2008年07月11日

ポンテ・ヴェッキオ

【ポンテ・ヴェッキオ(43.7676832471, 11.2533421442)】
 ポンテ・ヴェッキオ
 イタリア・トスカーナ州フィレンツェ歴史地区にあるポンテ・ヴェッキオ(Ponte Vecchio)です。フィレンツェ最古の橋で、名前もイタリア語で「古い橋」という意味です。日本ではヴェッキオ橋とも言われています。
 現在のウフィッツイ美術館とピッティ美術館を結ぶ2層式の橋で、2階はヴァザーリの回廊と呼ばれて貴族が通り、1階は庶民が通っていました。
 元々はメディチ家の人々が、対岸にあるサンタ・フェリチタ教会へ行く時、雨の日でも傘を差さずに行ける様にと作られた橋です。この回廊により、メディチ家の人々は雨に降られることもなく、また民衆に見られることもなくミサに参加していたそうです。
 アルノ川の氾濫で何度も架け替えられていて、現在の橋は1345年に再建されたものです。左右に金銀細工の店や宝石商が並んでいる為、世界遺産の見学と共に、観光客で賑わっています。
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2008年07月10日

ボーボリ庭園

【ボーボリ庭園(43.7623537153, 11.2443355031)】
 ボーボリ庭園
 イタリア・トスカーナ州フィレンツェ歴史地区にあるボーボリ庭園(Giarino di Boboli)です。
 ピッティ宮殿の裏にあるイタリア式の庭園です。16世紀半ば、コジモ1世が肺結核の妻エレオノーラ・ディ・トレドを療養させる為に造園されものです。
 メディチ一家がピッティ宮殿に移った後の1550年に大規模な改修が始まり、大円形劇場、イゾロットの人工池やオケアヌスの噴水が作られました。

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2008年07月04日

ピッティ宮殿

【ピッティ宮殿(43.7651715118, 11.2492936529)】
 ピッティ宮殿
イタリア・トスカーナ州フィレンツェ歴史地区にあるピッティ宮殿(Palazzo Pitti)です。
 トスカーナ大公の宮殿として使用されたピッティ宮殿は、元々はメディチ家と張り合っていたフィレンツェの大富豪、ルカ・ピッティが1458年にフィリッポ・ブルネレスキー(ルーカ・ファンチュッラとの説もあります)に依頼して建設された私邸です。
 その後ピッティ家は没落して放置されていましたが、1539年にメディチ家が買い取り、両翼と中庭などの増改築がなされ、現在に至っています。
 1569年にはメディチ家のコジモ1世がトスカーナ大公となり、1859年までトスカーナ大公の宮殿として使用されていました。
 1919年には政府の管理するところとなり、現在はパラティーナ美術館、近代美術館の2つの美術館と、衣装博物館、陶磁器博物館、銀食器博物館、馬車博物館などの博物館があり、歴代のトスカーナ大公が収集した美術品などの一部を見る事が出来ます。
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2008年07月03日

ウフィツィ美術館

【ウフィツィ美術館(43.7692159539, 11.2555080611)】
 ウフィツィ美術館
 イタリア・トスカーナ州フィレンツェ歴史地区にあるウフィツィ美術館(Galleria degli Uffizi)です。
 1560年にジョルジョ・ヴァザーリの設計で着工し、1580年に完成しました。ウフィツィとは英語のOfficeの語源。元々フィレンツェ共和国政府の政庁舎だった為にこの名前になりました。
 現在でもメディチ家歴代の美術コレクションを収蔵する美術館で、近代式の美術館としてはヨーロッパ最古のものの1つです。
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2008年07月02日

ヴェッキオ宮殿

【ヴェッキオ宮殿(43.7696555138, 11.2561911042)】
 ヴェッキオ宮殿
 イタリア・トスカーナ州フィレンツェの世界遺産に登録されているフィレンツェ歴史地区にある、ヴェッキオ宮殿(Palazzo Vecchio)です。
 1299年から1314年にかけ、アルノルフォ・ディ・カンビオによって建設されたヴェッキオ宮殿は、外観はゴシック様式で内部は豪華なルネサンス様式です。また、塔の高さは94mあります。
 かつてはフィレンツェ共和国の政庁舎として、現在ではフィレンツェ市庁舎として使われています。またメディチ家もピッティ宮殿に移るまでの一時住んでいたそうです。
 「ヴァザーリの回廊」によって、約1q先のピッティ宮殿まで繋がっています。
 そして驚いたことに、イタリア文化庁は2007年5月、レオナルド・ダ・ヴィンチの幻の壁画「アンギアーリの戦い」がヴァザーリの壁画の裏側に隠されていると発表しました。歴史のある建物だけに、まだまだ隠された遺産があるかもしれません。
 ヴェッキオ宮殿では、予約をすればイタリアの祝祭日を除く水曜日の午前中と木曜日の午前中に挙式をする事もできます。式は宮殿の「サラ・ロッサ(赤の広間)」にて行われ、フィレンツェ市長又は市長代理により執り行われるそうです。興味のある方は、調べてみてください。
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2008年07月01日

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂

 イタリア・トスカーナ州フィレンツェの世界遺産に登録されているフィレンツェ歴史地区にある、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂を見てみました。ドゥオーモ(大聖堂)、サン・ジョヴァンニ洗礼堂、ジョットの鐘楼の三つの建築物からなっています。
 サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂

【サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(43.7734389081, 11.2556899664)】
 サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(Basilica di Santa Maria del Fiore)は、キリスト教・カトリックの教会で、1296年9月8日の起工式で「花の聖母マリア」の意味のサンタ・マリア・デル・フィオーレと命名されました。
 1296年、アルノルフォ・ディ・カンピオの設計により着工し、140年以上の歳月をかけて建設された為、ゴシック建築および初期のルネサンス建築が混在する建物です。

【ジョットの鐘楼(43.7726769613, 11.255804335)】
 1334年に起工され、1387年に完成したジョットの鐘楼(Campanile di Giotto)は、赤、白、緑の大理石で作られているゴシック様式の鐘楼で高さは84mあります。

【サン・ジョヴァンニ洗礼堂(43.7728811517, 11.2550073971)】
 サン・ジョヴァンニ洗礼堂(Battistero San Giovanni)は、11世紀に起工されたサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂付属の洗礼堂です。
 八角形のロマネスク様式の洗礼堂で、キリストを洗礼した「洗礼者ヨハネ」から名前が付けられています。

 また、連日ニュースで話題の「2008年2月18日 まな ちい ゆい あやな りか みき 岐女短」の落書きがあったのはサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の大理石の壁。
 ニュースでドゥオーモと報じているところもありますが、ドゥオーモとは街を代表する教会堂の事で「神の家」を意味するラテン語のDomusが語源です。
 なので、イタリアには沢山のドゥオーモがあります。

 で、わき道にそれますが落書き。最低限のマナーを持っていない人が増えているのか、世界遺産に限らず、公共物や個人所有の建造物に書かれているのを良く目にしますが、日本国内では器物破損にあたる立派な犯罪です。通常の感覚を持っていればしない事ですが、一つ報道されると連鎖的にこの手の落書きが見つかったと報じられます。それだけ常識の無い人が増えているのでしょうか? 悲しい事です。
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2008年04月28日

アントニ・ガウディの作品群

 1984年に世界文化遺産に指定された、スペイン・カタルーニャ州バルセロナにあるアントニ・ガウディの作品群を見てみました。

【サグラダ・ファミリア(41.4030963465, 2.17398886947)】
 サグラダ・ファミリア
 サグラダ・ファミリア(Sagrada Familia)です。
 1882年に宗教団体サン・ホセの教会として着工され、現在も建築中の教会です。
 初代建築家はフランシスコ・ビリャールでしたが、意見の対立から1883年に辞任してしまい、その後をアントニ・ガウディが引き継ぎました。

【グエル公園(41.4144049839, 2.15144388125)】
 グエル公園
 グエル公園(Park Guell)です。
 スペイン貴族のエウセビオ・グエル伯爵の構想し、アントニ・ガウディが設計した分譲住宅で、1900年から1914年に造られました。グエル伯爵の没後に工事は中断し、1922年にバルセロナ市がこの敷地を買い取り、公園としました。

【カサ・ミラ(41.395078875, 2.16174998099)】
 カサ・ミラ
 カサ・ミラ(Casa Mila)です。
 アントニ・ガウディが設計し、1905年に着工し1910年完成した建物です。バルセロナ市民からは、「石切場」という意味の「ラ・レドレラ」の愛称で呼ばれています。現在は最上階が博物館となっています。

【カサ・バトリョ(41.3917367675, 2.16466560813)】
 カサ・バトリョ
 カサ・バトリョ(Casa Batllo)です。
 1877年、大繊維業者ジュゼップ・バッリョ・イ・カザノバスの依頼で、アントニ・ガウディとジュゼップ・マリア・ジュジョールによって造られた建物です。
 2005年、アントニ・ガウディの作品群の1つとして世界文化遺産に追加登録されました。
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2008年02月10日

マチュ・ピチュ

【マチュ・ピチュ(-13.1621425435, -72.5472672605)】
 マチュ・ピチュ
 ペルーにあるマチュ・ピチュ(Macchu Picchu)です。
 1983年に世界複合遺産に登録されたマチュ・ピチュは、ウルバンバ渓谷の山間、標高2280mの頂上にあります。マチュ・ピチュとは、「老いた峰」という意味だそうです。
 総面積は約13Kuで3000段の階段で結ばれています。約200戸の石造りの建物の跡、約40段の段々畑があります。以前はぼんやりとしていましたが、かなり解像度が上がり、段々畑や建物の跡も良く見えます。
 1911年7月24日、アメリカの探検家ハイラム・ビンガムによって発見されました。
 しかし最近では、1902年7月14日、クスコの農場主アグスティン・リサラガが先に発見していたという説もあります。
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2008年02月09日

マウルブロン修道院

【マウルブロン修道院(49.0000725387, 8.81159381773)】
 マウルブロン修道院
 ドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州にあるマウルブロン修道院(Maulbronn Monastery Complex)です。
 1147年に最初のシトー派法王エウゲニウス3世によって創設され、ロマネスクとゴシック建築が混在しているドイツ最古のシトー派修道院です。
 16世紀半ばにはルター派の神学校となりました。
 その学校にはヨハネス・ケプラーやフリードリヒ・ヘルダーリン、ヘルマン・ヘッセが通っていました。
 ところがヘルマン・ヘッセは、入学後7ヶ月で脱走。すぐに連れ戻されましたが、精神的に不安定になっており、ノイローゼや不眠症の症状を訴え僅か8ヶ月で退学してしまいました。
 しかし、この学校での体験は、彼著作『車輪の下』を始め、多くの詩や随筆に綴られています。
 マウルブロン修道院は16世紀の宗教改革で閉鎖されてしまいましたが、礼拝堂だけでなく、製パン所、家畜小屋、修道士たちの寄宿舎、塔、神学校、薬局、レストラン、博物館、守衛小屋など様々な施設が現在まで残されています。1993年、ユネスコ世界文化遺産に登録されました。
 また、現在も神学校では14歳から16歳の生徒たちが全寮制の教育を受けています。
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2008年02月08日

シュパイヤー大聖堂

【シュパイヤー大聖堂(49.3166347667, 8.44176318613)】
  シュパイヤー大聖堂
 ドイツ・ラインラント=プファルツ州シュパイヤーにあるシュパイヤー大聖堂(Speyer Cathedral)です。
 皇帝コンラート2世の命により、1030年から80年の歳月を掛けて建設されました。
 世界最大のロマネスク様式の建物で、全長は133mもあります。
 1981年、ユネスコ世界文化遺産に登録されました。
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